呪い(まじない)
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「あれ?旦那ってば結局それ使ってるんだ?」 「ああ!折角政宗殿から頂戴したのだ!やはりありがたく使わせて頂かねば!」 愛用の二槍を振り回していた手を一旦休め嬉しそうにくるんとその場で一回転する幸村に、佐助はふぅんと気のない返事を返した。 魔王との戦いでダメにしてしまった鉢巻の詫びに、と、それが届いたのは3日程前。 信玄へ届いた、筆頭以下伊達軍まとめて甲斐の地で療養させてもらった旨の礼状とは別に幸村宛ての書状もあり、それと共に信玄から受け取った。 上田に戻った幸村は真っ直ぐに自室へと向かい、ことんと音を立てて机の上に先ほど信玄より受け取った書状と上品な漆塗りの箱を置いた。書状に目を通すより先に開けた箱の中には一本の組紐。この紐は一体…と首を傾げた幸村は横に置いたままの書状を見遣った。 ―――俺からの礼だ。アンタの尻尾にでも使ってくれ。 「……尻尾?其、獣では御座らんが…」 ううん、と首を捻りながら箱から組紐を取り出す。まるで彼の人を現すかのような蒼い色。彼の纏う羽織のように鮮やかなそれは、しかし右から見ても左から見てもただの紐だ。 右へ左へと首を傾げていた幸村の肩からひと房だけ伸ばした後ろ髪がさらりと流れたのが目に入る。 「もしや尻尾とは…っ!」 確かに戦場にて激しく動き回る幸村の髪が尻尾のようだと武田軍の老兵に揶揄われたこともある。…が。 ぐ、と組紐改め髪紐を掌で握りしめる。 「失礼で御座ろう!独眼竜っ!!」 くわっと目を見開いて怒鳴った主の声に佐助が慌てて駆けつけ、怒り心頭で暴れる幸村を宥めたのだった。 「でもさ〜、それ受け取った時にはあんなに怒ってたじゃない。よく身に着ける気になったね、旦那?」 いつも以上に張り切った様子で日々の日課である鍛錬に精を出している幸村に溜息を吐きつつ声を掛ける。栗色の髪の間から見える蒼が眩しい。 「うむ。あのときはなんと失礼な御仁かと思ったが、よく考えればそれが政宗殿であったと思ってな。逆に大人しく型通りの挨拶などを寄越す政宗殿など其の知る竜では御座らぬ」 「…まぁ…確かにそうかもね…」 人を見下すような物言いが常の奥州王を思い浮かべ、佐助の頬が引き攣る。 確かに主の言う通りだ。そうなのだが、何処か腑に落ちない。 大体、何故蒼を送ってきたのか。真田幸村と言えば誰だって思い浮かべるのは紅だろう。 …何だろう。何だか分からないけど俺様、凄く嫌な予感がするよ。 言い掛けた言葉を喉奥で噛み殺す。言葉にしてはいけない。何となくそう思い、佐助はぶるりと背を震わせた。 「それにな!」 ひゅう、と槍の切っ先が空を切り、背後の敵を薙ぎ倒すかのような動きを見せる。猪突猛進の主が背後の敵相手の鍛錬を取り入れるなどとは珍しい。先の魔王との戦いで少しは成長したのかと目を瞠れば。 「この髪紐を付けていると何時もより鍛錬に身が入るのだ!政宗殿は何か呪(まじな)いでもかけられたのであろうか」 ふぅと息を吐いて槍を納めた幸村に佐助が手拭を渡す。礼を言って受け取った幸村は何やら考えるような顔をしていた。 「呪いって何?何か思い当たることでもあるの?」 自分の嫌な予感はそれだろうか。いや、でも呪術の類ではないような… 「はっきりとは分からんのだが…。この髪紐を付けるようになって以来、何やら背後から異様な気を感じてな…」 「それって殺気?」 「いや」 つい、と目を細めた忍びに幸村が慌てて首を振る。殺気とは違う。しかし、では何だと言われても答えられない。 何やら体に纏わりつくような、じっくりと舐めまわされるような。不快なわけではないが、何とも居心地の悪い心持になる。 「兎に角!背後を気にしながらの鍛錬が出来るようになったのだ!良きことだとは思わんか?」 誤魔化すように笑う幸村に、佐助も苦く笑った。 「んー…あー…まぁ、ねぇ…」 佐助の背にまたぞくりと何かが走る。突っ込んじゃいけない。そんな自衛本能が働いているようだ。 「……ま、旦那が気に入ってるんだったらいいんじゃない?害もないようだし、ね」 お互い、どうにもすっきりしないながら理由も分からず。まぁいいかで済ませた二人はそのままひとときの平穏な日常へと戻っていった。 ≪おまけ≫ 「政宗様。陣羽織が解れておりますが」 「Ha?ああ、これはこのままでいい」 「なりませぬ!奥州筆頭ともあろう方がそのような格好では他の者に示しが付きませぬ。さ、お脱ぎ下さい」 「…I see…わぁったよ」 右目との睨みあいに負けた政宗が渋々羽織を脱いで手渡す。受け取った小十郎はその羽織を見て眉間に皺を寄せた。 「…政宗様…一体いつ解れたのかこの小十郎にお教えいただきたい」 「それは教えられねぇな!」 上機嫌の政宗。手にした羽織の解れ部分は元の糸が随分足りない気がする。…いや、確実に足りない。 「…先日真田へ送った髪紐ですが。どちらでお買い求めに?」 「…それも教えられねぇな」 小十郎から視線を外した政宗に、小十郎の眉間の皺は益々深くなる。先日まで政務も放って部屋に籠もり一体何をしていたのかと思えば… 「………政宗様……」 「…早くあれ付けたアイツに会いてぇなぁ…」 小十郎の声など聞いていない政宗の視線の先には甲斐の地がある。もう何を言っても無駄、と悟った竜の右目はひとつ大きく溜息を吐いた後、何処かへ魂を飛ばしたような主を視界に入れぬようにそっと部屋から抜け出し、襖を閉じた。 |
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筆頭が変態でごめんなさい…っ!某BL学園の変態理事長みたいになってしまった…(笑)
友人あゆむさんに捧げたものでした。