オレの声、好きなんだろ?
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そろそろ雪の季節も終わりを見せ始め、庭にも白以外の色が戻ってきそうな頃。 午前の政務を一通り終え、煙管に火を灯そうとしたまさにその時。 「たのもーっ!!」 城中に響き渡ったであろう想い人の大声に僅かに苦笑いを浮かべ、政宗は手にしていた煙管を元の位置に戻してから声のする城門へと向かうことにした。 ◆◇◆◇◆◇ 「Hey!真田幸村!文も寄越さず突然の来訪とはどういうこった?戦でもしに来たのか?」 政宗に会わせろと詰め寄られ困り顔の門番を押しのけて政宗が現れる。にやりと笑う顔は既に幸村には見慣れたもの。その隻眼を見つけた幸村はぱっと顔を輝かせた後、意地悪く問いかけられた言葉にむぅと眉間に皺を寄せた。 「違いまする!政宗殿はそれがしを一体何だと御思いか!」 「戦馬鹿だろう?」 「なっ!?失敬なっ!!それがしとていつも戦のことばかり考えているわけでは御座らん!」 「へぇ?じゃあ普段アンタはどんなコト考えてるんだ?」 「それでござるよ!!」 ぐい、と突然襟元を掴まれ、政宗の体が幸村へと傾く。近くなった距離に柄にもなくどきりとした政宗だったが、そのままぐらぐらと揺すられてそんな甘ったるい気分も何処ぞへ飛んで行く。 「おい!揺するな!手を離せ!!」 「政宗殿の所為なので御座る!!」 「Ha?一体何のコトだ?」 政宗の襟を掴んでいた両腕を引き離し俯いた顔を覗き込めば、瞳にうっすらと膜を張った幸村の顔。 「Ah~…まぁ何だ…兎に角俺の部屋へ来い」 騒ぎを聞きつけて集まってきた伊達軍の面子に泣き出す寸前のような幸村の顔を見せたくなくて、離さずにいた幸村の腕を掴んだまま政宗は自室へと足を向けた。 「……で?結局アンタは何しに来たんだ?」 政宗の自室。政宗手ずから淹れてくれたお茶を飲み、少し落ち着いた様子の幸村に脇息に凭れた政宗が問いかける。 「先ほどはつい取り乱し…失礼致した」 「謝罪はいい。さっき言ってたオレの所為って何のことだ?」 幸村に対してだけ発揮される気の長さを持って柔らかな声でもう一度聞く。その声を聞いた幸村は未だ朱の乗った目元を政宗へと向け、ゆっくりと口を開いた。 「その…それがし、近頃おかしいのでござる」 勢いだけで甲斐から来たのだろう。会った時の威勢の良さは見る影もない。 「先日より政宗殿のことを考えると心の臓が早鐘のように鳴り響き、夜も眠れず…団子すら喉を通らない始末。耳を塞いでも聞こえる貴殿の声を消すにはどうしたら良いかと佐助に尋ねたところ、原因を消せばいいと言われ…しかし消すと言っても同盟を結んでいる今、貴殿の首を頂くわけにもいかず…どうしたらよいか分かり申さず…」 「ok!そんで分かんねぇなら本人に聞くのが一番早ぇって?」 「そうで御座る…誠に情けないこととは存じますが…」 がっくりと肩を落とし項垂れる幸村はもう政宗のことを見ていない。それでも政宗はどうしても緩む口元を隠すために手を当て、更に顔も背ける。 (ひょっとして脈ありってヤツなんじゃねぇの?今までのhugやbody touchも無駄じゃなかったってことだよな?これからはもっと激しくてもいいんじゃねぇの?) 下手に手を出して好敵手という位置まで失っては堪らないと極力不自然にならないよう、しかしアプローチはしっかりとしていた政宗だったが、如何せん幸村が鈍すぎて全く気付いてもらえていなかった。 今なら縮こまる肩を抱き寄せてもいいだろうか。自分より小さな手を引き寄せて、抱きしめてもいだろうか。 そう考えながら…いや、考えるよりも先に幸村へと手を伸ばしたその時。 「…それがしも考えたんで御座る…何故このような奇妙な現象が起こるのか…佐助は病気ではないと言う…戦場での滾る想いとはまた違う心持ちのような…誠、不可思議なことに御座る…」 「ha?」 「しかしそれがし、気付いたので御座るよ!そして政宗殿にお会いしてそれがしの考えが間違っていなかったと確信致しました」 ぐ、と顔を上げた幸村に、伸ばしかけていた腕を思わず引っ込める。 「全てはそのお声が悪いので御座る!それがしがおかしくなるのは貴殿のお声を思い出した時だけ!そして今も政宗殿のお声を聞くだけで心の臓が暴れておりまする!やはり全ての元凶は貴殿で御座った!なので政宗殿!!」 先程まで蹲っていた幸村が一気に間合いを詰める。座ったままの政宗に膝立ちで迫る幸村。まるで一騎打ちのときのように近づいた互いの顔は息が掛かる程。 しかし本来なら喜ばしいこの近い距離、体勢も、今の政宗の嫌な予感を打ち消すことは出来なかった。 戦場以外では幼いと知っていた。分かっていたつもりだった、が。まさか。 「もうそれがしの前で喋らないで下され!このままではそれがしの心の臓が持ちませぬ!」 良い案を思いついたとばかりに拳を握りしめた幸村に、政宗はがっくりと項垂れた。 「……アンタ……恋愛経験…ってか誰かを好きになったコトは…?」 「は?恋愛…はっ破廉恥な!そんなものに現を抜かしている暇は御座いませぬ!というか喋らないで下さいとお願い申し上げたばかりでは御座らんか!」 予想通りの答えに政宗は頭を抱えたくなる。 幸村は自分に好意を持っている。だが幸村自身はそれに全く気付いていない。そしておそらく、このままだとこれから先も気付くことは無さそうだと、政宗は一瞬で悟ってしまった。 (さて…このお子様をどうするか…) 好意を寄せてくれているとはいえ、ここで手を出したら警戒されるのは目に見えている。折角ここまで距離が近づいたのだからこれを利用しつつ、仲を深めていきたい…と、今までの政宗からは考えられない慎重さで引っ込めていた腕を幸村の腰に軽く回した。 「…真田…幸村…」 「…っ!しゃ、べらないで…下され…っ」 幸村は吹き込まれる声だけに反応しているようで、回された腕に疑問も持たずに顔だけを背けている。 「…幸村」 「〜〜〜っ」 目に涙を浮かべ、頬を真っ赤に染めて嫌々と首を振る幸村に、一瞬浮かんだ悪戯心を押しこめて。 「…アンタ、オレの声、好きなんだろ…?」 意識して、低い声で囁く。 お子様な幸村は混乱するばかりで、好きという感情を理解していない。ならば。 「アンタが知りたがってた理由。オレの声を聞いて心臓が暴れるのも、オレの声が耳に残るのも…全部、アンタがオレの声を好きだからだ」 「…す、き…?」 「アンタはさっき俺に喋るなと言った。考えてみろ。アンタがいても俺は全く喋らない。用がある時は…まぁ、間に小十郎かアンタんトコの派手な忍を通しての会話になるだろうな。オレの声はアンタの耳には届かない」 「………」 幸村が僅かに眉間に皺を寄せる。それに少しにやりと笑って。 「…淋しくは、ないか?オレの声をこれから先、全く聞けなくなるんだぞ?そうすればアンタ、眠れるようになるのか?団子を美味しく食べられるのか?」 まずは、声から。 「アンタはそれで、満足か?幸村?」 幸村が今一番意識している『声』を、好きだと教えてやればいい。 政宗の腕に収まったままの幸村は、赤く染め上げた頬はそのままに言葉にならない呻き声を上げている。 「なぁ…幸村。俺はアンタの声が好きだぜ?だからアンタの声を聞きたい。出来ればずっと聞いていたいと思うくらいな」 左手を腰に残したまま、右手で栗色の髪を撫でつける。癖の強いそれは思っていたよりも柔らかく、二度、三度と繰り返すのを止められない。 「…アンタは、違うのか…?」 「…い、や…嫌で御座る…」 態と哀しげに呟けば、暫くもぞもぞと動いていた頭が政宗の肩に押しつけられ、くぐもった声が聞こえた。 「…それがし…やはり政宗殿のお声が聞けないのは嫌で御座る…!貴殿の声は耳に心地よい。たとえ心の臓が壊れようとも、そのお声が聞けなくなるのは嫌で御座る…」 「good answer!」 子供らしく素直な幸村の言葉を受け、回した腕に僅かに力を込める。驚かさないよう、でも逃げられないよう慎重に。 「…不思議で御座る…心の臓は未だ煩いが…政宗殿のお声は何だか安心も致しまする。やはり、心地よい。それがし、政宗殿のお声が好きで御座るよ」 にこりと微笑んだ幸村に政宗も微笑んで。 「ああ…俺もアンタの声、好きだ…」 今はまだ声だけでも。 近い未来、必ず政宗自身を好きなのだと教えてやるから。 声に出さずに呟いた政宗は、頭を撫でていた手を後ろに梳き、幸村に気付かれないようそっと口付けた。 ◆◇◆◇◆◇ まだ始まったばかりの恋愛講座。ゆっくりゆっくり、でも逃がさないよう確実に。 雪解け近い奥州の地で、小さな蕾が僅かに綻んだある昼下がりの出来事。 |
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恋愛講座第1弾です。第5弾まであります。
黒っぽい筆頭を目指して敢え無く失敗。
おっかしいなぁ…?筆頭が…へたれ…?(汗)
いやいや、きっとゆっきーが好きすぎて下手なこと出来ないんだ。
嫌われるのが怖いんだよ!…あれ?やっぱり…?(大汗)
お題配布元さま:確かに恋だった